■ 光あれ (05/04/18) パソコンの前でダラダラとインターネットやってる君、そう、 君のことだよ。飢える心配もなく何となく毎日をやり過ごして でも地震はちょっとイヤだなーとか考えてる君。 君と僕とは本質的な部分で変わらない。死を義務付けられているって 部分でね。でも僕の方はもっと深刻だ。僕の生は完全に死を前提に しているんだ。完全な死を全うする手段としての生だ。そう考えると 君と僕とは異なる存在とも言うことができるよね。 でも僕は思うんだ。やっぱり君と僕とはそんなに違いはしない。同じ ような存在なんじゃないかってね。だから僕は君に言っておきたいんだ。 君はこのままじゃいけないんだ。ダラダラとインターネットしてる場合 じゃない。もっと輝きを、一瞬の快楽を求めるべきなんだ。そう、君の 先祖がかつてそうだったように。常に死を意識することで生を充実させる のがサムライの魂だろ? そろそろ時間だ。僕はもう行かなくちゃならない。僕が生きていられる 時間はセミのそれよりもさらに短い。でも問題は生きている時間の長さ じゃあないんだ。問題なのは輝き、そう、たった一瞬の輝きなんだ。 さようなら。僕がこれから見せる輝きを目に焼きつけておいてほしい。 僕の生は、すべてこの瞬間、この一瞬のためだけにあったんだ。 そう――― すべてはこの一瞬のために。![]()
■ 振り返れば新人がいる (05/04/14)昨日お客さんのところに納品物を納めにいった。 PCにインストールして動作確認をしようとした その時だった。 「みなさーん!注目してくださーい!えー、今日から 一緒に働いてもらう中山恵さんでーす!!」 「えー、本日から・・・・」 なんだこれは。俺は一体どう振る舞えばいいんだ? 本音を言えばヨソの会社の新人の自己紹介なんて無視して 作業を進めたいものだ。でもPCに向き合うとちょうど 喋っている人に対して背を向けてしまうことになる。 それはそれで失礼だ。かといって「いやあ僕もこの会社 長くてですね」気分でふんふん話を聞いていると、 お客さんに「テメエさっさと仕事片付けろやコラ」と 思われてしまうかもしれない。 そんなわけで僕は喋っている人の方を向いたりPCの方を 向いたりクルクルクルクル回っていた。納品CDもキュル キュルキュルキュル回っていた。
■ 毎年 (05/04/06) 新人が入りたての4月は社内全体が浮かれた感じだ。 やはり若者は輝いている。希望に溢れている。彼らの 笑顔はあまりにもまぶしい。 まぶしすぎて安藤美姫のマユ毛も見えないほどだ。
■ サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ? (05/04/03) 4月1日は入社式だった。 入社式の日は決まって新人歓迎の飲みが開催される。だけど僕は 入社して4年目間で、自分が歓迎された時以外は1度も参加していない。 なぜなら決まってプロ野球開幕の時期と重なるからだ。新人を歓迎する 気持ちは誰にも負けないが、プロ野球の開幕となれば話は別である。 毎年5時にタイムカードを押して逃げるように帰るのだけれど、社員の 皆さんの視線が僕に訴えかける。「あれ?歓迎会は?」と。 でも考えてみてほしい。社員は新人を歓迎する。そして新人はそれを受け入れる。 素晴らしい構図、歓喜の瞬間だ。でもその中でプロ野球の結果を気にしながら そこそこに新人に対応する人がいたらどうだろう? 新人「いやー、大学時代は人工心臓の研究をしてましてー・・・」 僕 「へー、それはいいんだけど君って携帯持ってる?」 新人「え?持ってますけど宇都宮さん持ってないんですか?」 僕 「うん。それでちょっとさあ、プロ野球速報見てくんない?」 新人「はあ・・・」 僕 「中日×横浜って今何対何?」 新人「0対0ですが・・・」 僕 「0対0かー・・・えーと、何の話だったっけ?」 ぶちこわしだ。全てぶちこわしだ。これでは新人に対しても失礼だし 僕も全然楽しくない。この事態を事前に回避するためには僕がおウチに 帰るしかないのである。これだけでみんな幸せになれるのである。 社員・新人はみんなで気持よく歓迎会を過ごすことができる。 僕は一人で野球を楽しむことができる。 そう考えると先の「あれ?歓迎会は?」光線は実にナンセンスだ。 こういう時こそ先人の言葉に学んでほしい。昔の人はよく言ったものだ。 みんなはみんなのために。ひとりはひとりのために。